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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)943号 判決

控訴人 中山かね

右訴訟代理人弁護士 遠藤雄司

被控訴人 日興信用金庫

右訴訟代理人弁護士 二神俊昭

同 小林實

同 寿原孝満

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(被控訴代理人の陳述)

一、被控訴人が訴外阿部寿喜と信用金庫取引契約を締結するに際し、控訴人は訴外中山栄一を代理人として被控訴人に対し、阿部の右契約上の債務について連帯保証することを約諾した。

二、仮に控訴人が栄一に対し連帯保証の代理権を授与しなかったとしても、控訴人はかねて栄一を代理人として他人に金員を貸与し、更に右金員の貸与をめぐって発生する一切の紛争の処理を同人に委ねていたものであり、栄一は当該代理権の範囲を越えて前記連帯保証の意思表示をしたものであるが、栄一は控訴人の実印を所持しており、また、被控訴人側で控訴人に電話連絡したところ、控訴人が、自宅の外に都内阿佐ケ谷と板橋にそれぞれ貸家を所有し、その家賃収入は月額金二〇万円にも達すること、阿部とは親類の間柄にあることを回答したこと等から、被控訴人側においては栄一が前記連帯保証の代理権を有するものと信じたものであり、そのように信ずるについて正当の理由があるから、栄一がした連帯保証の意思表示は控訴人につきその効力を生じた。

(控訴代理人の陳述)

一、原判決事実摘示中の請求原因第一項の事実は不知。

同第二項の事実は否認する。

同第三項の事実は不知。

同第四項は争う。

二、前記被控訴人の主張事実はすべて否認する。

(証拠関係)〈省略〉。

理由

一、(信用金庫取引契約および連帯保証の成否)

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被控訴金庫動坂支店は昭和四五年八月頃から、建築請負を業とする訴外阿部寿喜との間で手形割引を主体とする継続的金融取引を行ってきたが、阿部の資産状態その他から融資の回収が危ぶまれるに至ったので、かねて同人に対し、右取引の継続を望むならば確実な保証人を立てるよう申出ていた。昭和四六年一〇月二二日阿部が訴外中山栄一を同道して同支店に来店し、栄一において同支店融資係小川寛に対し、自分が母である控訴人ともども阿部の取引につき連帯保証をする意向である旨述べたので、小川は阿部との間で改めて信用金庫取引約定書(甲第五号証の一)を取交わすとともに、栄一をして右約定書の連帯保証人欄に同人の署名押印をさせ、その際栄一は控訴人の代理人として、同じく連帯保証人欄に控訴人に代って署名し、その名下に所携の控訴人の実印を押捺し(以下この行為を「本件連帯保証の意思表示」という。)、かつ自己および控訴人の印鑑証明書を小川に交付した。右約定書は、被控訴人主張のような約定(原判決事実摘示の請求原因参照)および取引期間は三ケ年とし、保証人は金二〇〇万円を限度として責任を負担する等の約定を包含していた。

このように認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、(中山栄一の代理権の有無)

控訴人が栄一に対し本件連帯保証の意思表示の代理権を授与したことを認めるに足る適確な証拠はなく、かえって前掲甲第五号証の一、二と当審における証人中山栄一の証言および控訴人本人尋問の結果によれば栄一は互に金員を融通し合う友人である阿部から昭和四六年九月中前記連帯保証の件を依頼されて、これを引受けたが、保証人は二名を必要とするといわれ、母である控訴人を保証人に仕立てることを考え、控訴人の肩書住所に赴き、控訴人の実印を無断で持出し、これを用いて控訴人の印鑑証明書(甲第五号証の二のうちの一葉)の交付を受け、本件連帯保証の意思表示をするに当って、控訴人の代理人と称して前記一の信用金庫取引約定書(甲第五号証の一)の連帯保証人欄に勝手に控訴人の氏名を記載し、その名下に前記実印を冒捺するとともに、前記印鑑証明書を差入れたものであり、この間控訴人に対し事情を説明し、連帯保証をすることの承諾を得るように試みることなど全くしなかったことが認められる。従って、栄一が控訴人から本件連帯保証の意思表示の代理権を授与された旨の被控訴人の主張は肯認できない。

三、(表見代理の成否)

当審における証人中山栄一の証言および控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は訴外飯田某に対する貸金残金の取立のため弁護士遠藤雄司(本件控訴代理人)に対する訴訟委任の件を栄一に委託したことが認められ、従って、栄一はかつて有した代理権の範囲を越えて本件連帯保証の意思表示をしたこととなる。そこで被控訴人側が栄一に右意思表示の代理権ありと信ずべき正当の理由があったかどうかを検討する。栄一が控訴人の子であること、栄一が控訴人の実印を所持して、信用金庫取引約定書にこれを押捺し、また控訴人の印鑑証明書を差入れたこと、控訴人の代理人と称していたことは前認定のとおりである。しかし、母が子に対する信頼に基づき子を代理人に選任して一定の事務処理を委託することがある反面において、子が血縁の緊密さを悪用し、自己または第三者の利益を図る目的で、母の実印を恣に使用し、母の代理人と称して行動するということもまたしばしばみる事例であるから、被控訴金庫動坂支店担当者等が、栄一が控訴人の実印を所持し、印鑑証明書を差入れ控訴人から委されたと称していたということだけから栄一に代理権ありと信じたとすれば、いささか軽卒の譏りを免れないとすべきである。同支店が信用金庫として有する組織をもってすれば、更に進んで控訴人本人について栄一の権限の有無を照会し確認する手段をとることは一挙手の労を費せば足りたはずであり、これにより取引の迅速を損うおそれがあったとは考えられない。現に前掲甲第一一、第一二号証によれば、被控訴人はこの種取引に関し連帯保証人調査票なる定型用紙を備え、担当者において保証意思の確認を行い、その旨を右調査票に明記し、上司の検閲を受ける事務的取扱をしていることが明らかである。しかるに、前掲甲第一一号証と当審証人天野京春、同小川寛の各証言によれば、被控訴金庫動坂支店の金融係訴外小川寛は、控訴人のもとに二、三回電話したが、控訴人が不在で連絡がとれないというだけで、それ以上控訴人について保証意思、延いて栄一の権限を確認するなんらの手段もとらず、同支店の役席も控訴人の連帯保証人調査票中の保証意思確認欄が空白になっているのをそのまま看過したことが窺われるのであり、かかる事実関係のもとにおいては栄一に代理権ありと信ずべき正当の理由があるものとはいいえない被控訴人は、控訴人が被控訴人の電話照会に対し、資産関係を説明し、阿部とは親類の間柄にあると回答した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、前掲甲第一一号証と当審証人小川寛の証言によれば、控訴人の連帯保証人調査票にある控訴人の資産関係および阿部との間柄に関する記述は、栄一が記載したか、小川が栄一から聴取して補充したものであることが認められる。

されば、栄一がした本件連帯保証の意思表示は控訴人につきその効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

四、(結論)

以上によれば、被控訴人の本訴請求はその余の点について審究するまでもなく失当として棄却すべきものであり、これと結論を異にする原判決は取消を免れない。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 蕪山巖 堂薗守正)

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